福岡高等裁判所 昭和26年(ナ)7号 判決
原告 松田早喜
被告 熊本県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求は棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告代理人は「昭和二十六年四月二十三日執行の熊本県阿蘇郡中通村議会議員一般選挙について、被告委員会が訴外栗明東馬の訴願に対し同年六月十八日なした裁決は、これを取消す。右選挙において原告が当選人であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、
その主張の要旨は、
原告は昭和二十六年四月二十三日執行の熊本県阿蘇郡中通村議会議員一般選挙に立候補し、五十三票を以つて当選し、次点者は五十二票の訴外栗明東馬であつた。ところが、右栗明は当選の効力に関して村選挙管理委員会に対し異議を申立て、却下されて被告委員会に訴願し、これに対し被告委員会は昭和二十六年六月十八日「無効投票三十五票中訴願人栗明東馬の氏名を記載したものと認められる三票があり、それにはいずれも抹消した箇所があるがその記載文字の筆体及び運筆等が甚だ幼稚である点からいつて、全くの書損にすぎないものと推知され、他事記載とみるべきでないから、有効投票と解しなければならない。これを他事記載として無効投票と判定し、訴願人の異議申立を却下した村選挙管理委員会の決定は誤りである。それで選挙会で決定した訴願人栗明東馬の得票五十二票に右三票の有効投票を加えると五十五票となり、最下位当選人松田早喜の得票五十三票より二票多くなる。従つて松田早喜を当選人として決定したことは誤りで、同人の当選は無効である。」との理由で、「昭和二十六年五月十一日阿蘇郡中通村選挙管理委員会が訴願人栗明東馬の異議申立についてなした決定は、これを取消す同年四月二十三日執行の中通村議会議員一般選挙において、当選人と決定された松田早喜の当選は、これを無効とする。」との裁決をした。
しかし右裁決は左記理由により違法である。すなわち、右三票における文字の筆体及び運筆は決して幼稚ではなく、且つ書損らしい記載の位置が不自然である点からいつて、自然の書損とは認められない。これは明らかに他事記載に該当し、無効投票である。この事は、つぎのような諸事情によつても、容易に判断できる。
(一) 開票管理者が投票の効力を決定した際、右三票が他事記載として無効投票であることにつき、栗明東馬の開票立会人後藤千惠熊において何等異議を述べなかつた。
(二) 村選挙管理委員会は他事記載のある場合は無効であり、書損の場合には用紙を取換える旨投票場に掲示し、又投票用紙交付の際その旨を各投票者に通告している。もし右三票が自然の書損であつたならば、投票者において用紙の交換を申出たはずである。
(三) 栗明東馬が異議申立に際し、さきに無効と決定された投票中有効と称する投票を原本どおり明示した事が奇怪である。これは投票者が栗明に投票したことを証明する方法として、符号的に書損らしくみせかけたためと認められるから、かかる投票は他事記載として無効とするのが当然である。
(四) 農村の選挙においては由来かかる手段が敢行せられている実情に鑑み、それを書損として有効投票とすることは、不正選挙を助長する結果となる。
(五) 本件選挙に際し、右三票同様書損らしくした投票が三十数票あつたが、これらはいずれも他事記載として無効投票と決定されているし、それについて他の候補者から何等の異議もなかつた。
以上のように、右三票に対する被告委員会の裁定は失当である。
なお、栗明東馬の有効投票中書損らしくみえるが、他事記載として無効投票と判定すべきものが他に一票ある。この一票は同人の得票五十二票から差引くと五十一票となり、原告の得票五十三票との差は二票となるわけである。よつて被告委員会の裁決の取消とともに原告の当選の確認を求めるため本訴に及んだのである。
というのである。(立証省略)
被告代表者は主文と同旨の判決を求め、
その答弁の要旨は、
係争四票についての原告の見解及び書損でないことの判断資料として原告の主張する(一)乃至(五)の諸事情を除き、その他の主張事実はこれを認める。右四票の中被告委員会が本件訴願に際し有効投票と裁定した三票における氏名以外の記載は、書損と断ずべきものであつて、他事記載に該当しない。右諸事情中(二)の掲示通告の点は認めるが、他はすべて不知である。被告委員会の裁決は適法正当である。なお、訴願人栗明東馬の有効投票中、書損らしくみえるがそれは他事記載として無効投票と判定すべきものと原告において主張する他の一票もまた、前記三票と同様他事記載に該当しない。よつて原告の本訴請求は失当である。
というのである。(立証省略)
三、理 由
原告が係争四票に関し本件裁決を違法として主張する事項を除き、本件選挙より出訴に至る一連の経過的事項についての事実は、当事者間に争がない。
右係争の四票について順次検討する。
(い) 無効投票中被告委員会が本件訴願に際し、訴願人栗明東馬の有効投票と裁定した三票について。
右三票とも栗明東馬の氏名以外の記載がいわゆる書損の形態であることは、当事者間に争がなく、右三票に該当することについて争のない甲第二号証の一乃至三の各記載によれば、栗明東馬の氏名として読まれる表示以外の部分は、自然の書損と認むべきものであつて有意の作為に出たものとは認められない。従つてこれを他事記載に該当しないとして、栗明東馬の有効投票と判断した被告委員会の裁定は正当であるといわなければならない。原告が右三票に関し、書損でないことの判断資料として主張する前記事実の部摘示の(一)乃至(五)の諸事情は、右認定にいささかの消長もきたさない。けだし投票の効力は、その記載自体についての認定を基礎として判断すべきものであるからである。なお、証人財津亀人、後藤千惠熊は、栗明東馬がさきに村選挙管理委員会に対する異議申立に際し、有効投票として取り上げた三票は、甲第一号証掲記の三票であつて、甲第二号証の一乃至三の三票とは一部相違するもののように証言するけれども、投票すり換えの事実はこれを確認するに足る証拠がなく、仮りに甲第一号証掲記どおりの三票であつたとしても、栗明東馬の氏名として読まれる表示以外の部分は、書損の抹消又は放置と認むべきものであつて、他事記載に該当するものとはいえない。
(ろ) 栗明東馬の有効投票中、原告が他事記載として無効投票と主張する一票について。
右一票における栗明東馬の氏名以外の記載がいわゆる書損の形態であることは、当事者間に争がなく、右一票に該当することについて争のない甲第四号証の記載によれば、甲第二号証の一乃至三と同様栗明東馬の氏名として読まれる表示以外の部分は、自然の書損と認むべきものであつて、有意の作為に出たものとは認められない。従つてこれを他事記載に該当するものとして無効投票とすべきではなく、栗明東馬の有効投票とした開票管理者の決定は正当である。
以上の認定及び判断を左右するに足る証拠はない。
だとすれば、訴願人栗明東馬の異議申立を却下した村選挙管理委員会の決定を取消し、原告の当選を無効とした被告委員会の裁決は適法であつて、原告の本訴請求は失当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用して、主文のように判決する。
(裁判官 小野謙次郎 桑原国朝 中園原一)